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手根管症候群と心アミロイドーシスについて~自身の知見を踏まえた提言~

  • 2025.12.21  | 

先日テレビを見ていると手根管症候群と心アミロイドーシスの関係についてピックアップされていました。このような番組ではいつも「かかりつけの医師に相談しましょう」「循環器内科を受診しましょう」と最後にまとめられていますが、実際に受診した医師やかかりつけの医師が詳しく病気のことを知っているとも限りません。

私は日本学術振興会から科学研究費助成事業として「手根管症候群手術症例を対象としたアミロイドーシスの早期発見に関する研究」の助成を頂いており、研究してきた実績と経験があり、皆様に手根管症候群と心アミロイドーシスの関係について説明したいと思います。

 

手根管症候群について

手首には、骨と靭帯に囲まれた「手根管」というトンネルがあります。このトンネルの中には、指を動かす筋肉の腱と、「正中神経」という神経が通っています。何らかの原因でこのトンネル内が狭くなったり、圧力が上がったりして、正中神経が圧迫されることで起こる病気が「手根管症候群」です。

症状としては親指から薬指の中指側にかけて、ピリピリとしたしびれや痛みが出ます。これらの症状は夜間や朝起きたときに症状が強く出ることが多く、手を振ると楽になる特徴があります。また「ボタンを締める」「「ペットボトルの蓋を開ける」「落ちている硬貨を拾う」と言った細かい動作が難しくなります。また母指筋といって親指の付け根の筋肉が萎縮してくぼんでいる場合には手根管症候群の可能性があります。一般的には女性の方が多く、手の使いすぎや女性ホルモンの影響が原因となりますが、腱や靱帯へのアミロイドの沈着も原因の一つになります。

治療は安静や痛み止めの注射、手根管開放術という狭くなったトンネルを開放して神経の圧迫を解除する手術があります。

(図:母指筋の萎縮)

アミロイドーシスについて

アミロイドーシスとはアミロイド蛋白という異常なタンパク質が心臓、腎臓、末梢神経などに沈着し、臓器の機能低下を発症する疾患群です。心アミロイドーシスはアミロイド蛋白が心筋に沈着することによって生じる心臓の筋肉の異常(心筋症)であり心不全、不整脈、突然死の原因になります。心アミロイドーシスの原因としてトランスサイレチン型心アミロイドーシスとALアミロイドーシスの2種類がありますが、前者の方が手根管症候群との関連が強く、高齢者心不全において患者数も増えており今回はトランスサイレチン型心アミロイドーシスに限って説明したいと思います。

トランスサイレチン型心アミロイドーシスに対する治療はトランスサイレチンを安定化させて原因蛋白であるアミロイド蛋白を作らせないような薬(安定化薬)やトランスサイレチンそのものの産生を抑える核酸医薬品があります。

 

なぜ手根管症候群とトランスサイレチン型心アミロイドーシスが関連するのか?

トランスサイレチン型心アミロイドーシスの患者さんにはいくつかの特徴があります。熊本大学循環器内科でまとめたデータではトランスサイレチン型心アミロイドーシスと診断された患者さんの平均年齢は78歳と高齢で85%が男性です。また手根管症候群の既往がある方が54%で、手根管症候群の診断・治療からトランスサイレチン型心アミロイドーシスの診断まで中央値で8年ほど経過していたことを報告しています(Yamada et al. ESC Heart Fail. 2020;7:2829–2837)。

また手根管症候群の手術を行ったときに摘出した組織にアミロイド蛋白が沈着している割合を調べたところ、800名中261名(37%)でアミロイド沈着を認めており、特に高齢の男性で頻度は高く、具体的には70歳代の男性においては74%の方にアミロイド沈着を認めていました。アミロイド沈着を摘出した組織に認めていた120名の方にご協力いただいて手術後おおよそ半年以内に心アミロイドーシスの心エコーや採血でスクリーニング検査を実施したところ、心アミロイドーシスの可能性がある14名に対して診断に有用な「ピロリン酸シンチ」という検査を実施してトランスサイレチン型心アミロイドーシスと診断された患者さんは6名ですべて男性でした。つまり手根管症候群の手術を実施してアミロイド陽性の患者さんの5%においてトランスサイレチン型心アミロイドーシスと診断されたことになります。いずれの症例もごく初期で診断されており、手根管症候群の経過からアミロイドーシスを疑わなければ診断に至ることが難しい症例がほとんどでした(Takashio et al. Circ J. 2023 Jul 25;87:1047-1055)。

 

どのような手根管症候群の患者さんにトランスサイレチン型心アミロイドーシスの可能性が高いのか?

トランスサイレチン型心アミロイドーシスの患者さんにはいくつかの特徴があり、医師がトランスサイレチン型心アミロイドーシスを疑うべきいくつかの兆候があります。具体的には手根管症候群の既往に加えて

・高齢の男性で心不全の徴候(足のむくみ、息切れ)や利尿剤などの心不全治療を行っている

・心房細動やペースメーカーを必要とする脈が遅くなるような不整脈の既往がある

・心臓の肥大や胸部レントゲン写真で心臓が大きいといわれたことがある

・腰部脊柱管狭窄症の既往がある(腰部脊柱管狭窄症も脊柱管というトンネルの中に神経が通っており、アミロイド沈着によりこのトンネルが狭くなることで神経を圧迫し、手根管症候群と同じような病態です)

・肩の腱板断裂、上腕二頭筋の腱断裂の既往がある

 

つまり手根管症候群の患者さんで上記項目に該当するならばトランスサイレチン型心アミロイドーシスの可能性は検討する必要があります。一方でトランスサイレチン型アミロイドーシスの家族歴がない(一部遺伝性のアミロイドーシスの方がいらっしゃいます)50歳前後の女性といった疫学的にトランスサイレチン型心アミロイドーシスの発生頻度が低い集団においては心臓に影響がある可能性は低いと考えても良いと思います。

 

どのように手根管症候群の患者さんのトランスサイレチン型心アミロイドーシスの評価を行うか

トランスサイレチン型心アミロイドーシスの診断の流れとしては心エコーにより心肥大や心不全所見がないかを評価し、確定的な診断を得るためには「ピロリン酸シンチ」という画像診断で陽性所見が得られた場合に診断されます。すべての患者さんにおいて検査を実施するのは困難ですし、仮に検査が陰性であった場合にどのように経過を見ていくのが良いかが問題です。一方でトランスサイレチン型心アミロイドーシスは心不全を発症してしまうと予後が悪くなり、治療も病気の進行を遅らせる治療のみで治癒しない病気であり、早期診断が重要になります。

私は上記の手根管症候群術後アミロイド蛋白陽性の患者さんを数年間にわたって経過を見させていただいていますが、経過の中でトランスサイレチン型心アミロイドーシスと診断される症例はいらっしゃいますが、どの症例も急激に病態が進行することはなく、ごく初期の段階での診断です。本疾患の進行は緩やかですので、1年に1度の評価で良いと思います。具体的には心エコーで左室肥大がないか、血液検査で心不全の指標であるBNP・NTproBNPや心筋障害のマーカーである高感度トロポニンTが上昇していないか、心電図で伝導障害が進行していないかをチェックしています。この中で疑わしい症例をピロリン酸シンチで評価することとしています。

中には自分ではまだピロリン酸シンチで陽性所見が得られないと思っていた症例でも検査が陽性になる症例もいますが、そのようなケースでは心不全徴候もなく病態としてはごく早期ですので、陽性になったとしても経過を見ながら治療のタイミングを見計らうと良いと考えます。トランスサイレチン型心アミロイドーシスの可能性を否定するといった事に特化するならば高感度トロポニンTが正常値範囲内(0.014ng/ml以下)であれば心エコーなどのも実施せずに否定しても良いと思っています。高感度トロポニンTは心アミロイドーシスの病態進行と関連が強く、このマーカーを評価することで効率的に心アミロイドーシスの可能性を評価することが医療経済的にも有用ですし、仮に検査値が正常で心アミロイドーシスを診断出来なかったとしてもまだごく初期病態で経時的な変化の中で上昇したタイミングで評価するのが良いのではないかと考えています。

 

私の知見が皆様の今後の診療や健康にお役立ていただければ幸いです。

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