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トランスサイレチン型心アミロイドーシスに対するブトリシランの有効性:HELIOS B試験(ESC 2024 発表)
- 2024.08.30 |
トランスサイレチン型心アミロイドーシスに対するトランスサイレチン(以下:TTR)の産生を抑制する核酸医薬(small interfering RNA: siRNA)であるブトリシラン(vutrisiran)の有効性を検討したHELIOS-B試験の結果が2024年8月30日に欧州心臓病学会のHOT LINEで発表され、New England Journal of Medicineに同時掲載されました。本研究には熊本大学病院在職時に複数の患者様に本研究のエントリーにご協力頂きました。まずは治験に参加して頂いた皆様、治験に協力してくださった治験コーディネーターの様に感謝申し上げます。
HELIOS-B試験は655名のトランスサイレチン型心アミロイドーシス患者をブトリシラン群とプラセボ群に1:1で割り付け、36ヶ月間の観察期間を設定しました。主要評価項目として「総死亡および心血管イベントの再発」、副次評価項目として「総死亡」「6分間歩行距離の差」「QOLに関するスコアの差」を評価しました。結果主要評価項目は有意にブトリシラン群でイベントは少なく(Hazard Ratio [HR]: 0.72; 95% CI: 0.49-0.93; p=0.02)、42ヶ月後の総死亡もブトリシランが有意に低い(HR:0.65; 95% CI: 0.46-0.90; p=0.01)ことが報告されました。
過去のトランスサイレチン型心アミロイドーシスに対する治療薬剤に対する治験(ATTR-ACT試験、ATTRibute-CM試験)結果と比較して私が注目すべき点を3点つ上げたいと思います。
患者がATTR-ACT試験と比較して軽症であること
TTR安定化薬であるタファミジスの有効性を検証したATTR-ACT試験が実施された2013年から2015年はまだトランスサイレチン型心アミロイドーシスが認知されていませんでした。そのため治験に参加する症例は重症例が多く、NYHA I/IIがおよそ70%、NYHA IIIが30%含まれており、平均のNT-proBNPがおよそ3000 pg/mL、プラセボ群がおおよそ30ヶ月の生存率が57%という集団でした。2023年に欧州心臓病学会で発表されたTTR安定化薬のアコラミディスの有用性を検証したATTRibute-CM試験ではNYHA I/IIがおよそ83%、NYHA IIIが17%含まれており、平均のNT-proBNPがおよそ2300 pg/mL、プラセボ群がおおよそ30ヶ月の生存率が80%という集団でATTR-ACT試験よりも軽症例がエントリーした治験でした。こちらの研究ではタファミジスがプラセボ群に22%使用されていました。
今回のHELIOS-B試験ではNYHA I/IIがおよそ89%、NYHA IIIが11%含まれており、平均のNT-proBNPがおよそ2000pg/mL、プラセボ群がおおよそ30ヶ月の生存率が85%という集団でした。こちらの研究ではタファミジスがプラセボ群に40%使用されていました。
つまりHELIOS-B試験は予想通りATTR-ACT試験より軽症で、ATTRibute-CM試験と比べてもやや軽症かつプラセボ群でのタファミジス使用例が高く、心血管イベントが起こりにくい試験であったと考えています。また最近では早期に診断される症例も多く、現在の実臨床にあった症例を対象にした試験といえると思います。
生存曲線が24ヶ月後以降に乖離すること
もともとATTR-ACT試験では12ヶ月後に生存曲線が乖離していました。ATTRibute-CM試験でも19ヶ月後以降に生存曲線が乖離し、アコラミディス群のほうが良い傾向にあるも、30ヶ月という観察期間では総死亡において統計学的な差がつかないという結果でした。HELIOS-B試験では30-36ヶ月後では統計学的な差がつかなかったのかもしれませんが、42ヶ月という経過で総死亡において有意差を見いだすことが出来ています。この試験では24ヶ月目までブトリシラン群とプラセボ群(ベースラインのタファミジスの有無に関わらず)の予後が全く変わらないという、非常に特徴的な生存曲線を描き、その後有意差がつくという結果になっています。 実際にアミロイドーシスに対する治療を行っても病態は改善せず、目に見える形で良くなることを実感することはありませんが、2年以上という月日を経て初めて死亡リスクの軽減という形で現れるのだと考えています。いずれにしてもトランスサイレチン型心アミロイドーシスの病態進行を考えると縦軸に病態の進行、横軸に時間と取ると、1次関数のような直線的な経過ではなく、2次関数に示される放物線のような病態進行をたどり、その“係数”を小さくする治療がアミロイドーシスに対する治療ではないかと感じています。
サブグループ解析でNT-proBNPが2000pg/mL以下のほうがブトリシランによる生命予後改善効果が明らかであること
サブグループ解析ではNT-proBNPが2000pg/mL以下の症例では有意にブトリシランによる生命予後のデータが出されていることから、やはり比較的早期症例の方がブトリシランの恩恵を受けることが出来るため、早期診断が重要であると感じました。
この結果からブトリシランはトランスサイレチン型心アミロイドーシス患者様の死亡率リスクやQOL低下を有意に抑制することが証明され、今後本邦でも使用可能になると思います。現在治療薬として使用可能なタファミジスとの直接比較は出来ず、どちらが優れているかについてはデータがないので論じることは出来ないと思いますが、トランスサイレチン型心アミロイドーシスの患者様にとって治療選択肢が増え、さらに今後新たな治療薬が開発、治験が行われていることは希望が持てることだと思います。
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