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2023年欧州心臓病学会(ESC)報告③
- 2024.01.22 |
2023年欧州心臓病学会の報告③になります。
今回はSTEP-HFpEF試験:左室駆出率が保持された肥満を有する心不全患者に対するGLP-1受容体作動薬のセマグルチドの有効性を評価した研究を取り上げたいと思います。ESCのサイトで公開されているサマリーはこちらになります→ ESC2023-STEP-HFpEF trial
心不全は心臓の収縮力が低下して発症すると理解されている方も少なくないと思いますが、実際には心臓の収縮力(左室駆出率)が保持されているにもかかわらず、心臓の拡張が悪いなど種々の問題で心不全に至ることがあり、特に高齢女性に多い病態とされています。このような心不全において肥満が病態の進行に寄与しており、①循環血液量の増加→心臓に負担がかかる、②炎症、酸化ストレスの増加やレニンアンジオテンシン系の亢進による心肥大および繊維化、③脂肪細胞によるナトリウム利尿ペプチドの分解促進→心保護効果の減弱などが想定されています。また、肥満は身体活動性の低下から運動耐容能が低下し、結果的に息切れなどの症状が出てきます。
GLP-1受容体作動薬のセマグルチドは糖尿病の治療薬として使用されており、血糖依存性にインスリンの分泌が促されます。また体重減少効果や動脈硬化性疾患の進展抑制効果が示されており、心不全に対する効果が注目されてます。
今回の研究は糖尿病のない、左室駆出率が保持(>45%)されたBMIが30Kg/m2以上の肥満患者で、心不全の客観的な所見を有する529例がエントリーされ、プラセボ群とセマグルチド群に無作為に割り付けられました。結果、セマグルチド群がプラセボ群と比較して生活の質(QOL)の指標であるカンザスシティ心筋症質問票臨床サマリースコアがより改善(+7.8点)し、体重は-10.7%低下、6分間歩行距離も20m伸びたと報告されています。また血液検査でも炎症の指標であるCRPの改善や心不全の重症度の指標であるNT-proBNPが低下したことが示されました。
今回の研究は平均年齢70歳、96%が白人でBMIの中央値が37.0Kg/m2(例えば身長170cmならば106Kg)と高度肥満の症例に対する研究であり、この結果をすべての患者に当てはめるわけにはいけないのですが、肥満に対する治療介入と心不全治療は今後のトピックになっていくと思います。
実際にセマグルチドが心不全を改善させたのか、セマグルチドにより体重が減少した結果心不全がよくなったのかについては議論が分かれるところです。GPL1受容体作動薬が心不全の予後を改善したという確固たるデータは無く、減量目的に胃切除術を受けた過去に虚血性心疾患または心不全の既往がある肥満患者において心不全による入院を含む心血管イベント発症が有意に抑制されたという後ろ向きコホート研究(Circulation. 2021;143:1468–1480.)からも、肥満に対する体重の適正化が心不全発症抑制に重要ではないかと感じていますが、その方法論として薬物療法も重要な治療手段で、セマグルチドが体重減少に加えて多面的な心保護効果があるのか、今後更なる研究が待たれます。