糖尿病
Diabetes Mellitus 糖尿病
糖尿病とは
糖尿病とは、「血糖値を一定の範囲内にコントロールする働きを担っているインスリンの作用が十分でないためブドウ糖が有効に使われずに血糖値が普段より高くなっている状態」と定義されます。慢性的に血糖濃度の高い状態が長く続くと、細かい血管が障害され糖尿病性網膜症、腎症および神経障害などの三大合併症を来たし、動脈硬化の進展から大血管障害(心筋梗塞、脳梗塞、閉塞性動脈硬化症)のリスクが1.5~3.6倍増加します。また、糖尿病の合併は虚血性心疾患や腎不全の悪化を招き、心臓病の終末像である心不全の管理が難しくなります。糖尿病患者が心不全を合併すると心不全がない患者より10.6倍も死亡率が高くなると報告されています。
これらの合併症を予防するために血糖値を管理し、「健康な人と変わらない人生をおくること」が糖尿病の治療の目的になります。糖尿病の自覚症状はないからこそ、定期的に通院して検査を受けること、合併症の早期発見に努めること、ライフスタイルの是正を行なうことが重要になってきます。
糖尿病の原因は
1型糖尿病
インスリンを産生する膵臓のβ細胞が破壊され、インスリンが欠乏することにより血糖値が上昇します。自分でインスリンを分泌することが出来ないので、治療にはインスリン療法が必要になります。特徴として若い人に発症することが多く、口渇や体重減少などから突然発症することもあります。頻度は糖尿病全体の5%程度です。
2型糖尿病
膵臓の機能低下により十分なインスリン分泌の低下や、十分な量のインスリンが作られるにも関わらずインスリンが十分に作用しない状態(インスリン抵抗性)が、インスリン作用不足を生じて発症します。加齢、ストレス、食習慣、肥満、運動習慣などの環境因子が関与しますが、糖尿病の患者さんの中には生活習慣に問題がない方もいらっしゃり、一部は遺伝的要因が強いと考えられる場合もあります。頻度としては糖尿病全体の約95%です。
妊娠糖尿病
妊娠中に初めて発見または発症した糖代謝異常のことです。妊娠糖尿病になった方は、妊娠糖尿病のなかった人に比べ、約7倍の高頻度で糖尿病になりますので定期観察が必要です。
糖尿病の症状
糖尿病のある場合に起きる症状です。どれをとっても特徴的なものではありません。これらの症状があれば一度検査を受けましょう。
高血糖そのものによる症状
- 疲れやすい
- のどが渇く
- トイレが近くなる
- 尿量が多い
- いくらでも食べれる
- 体重減少
- 怪我が化膿しやすい
慢性合併症による症状
- 目が見えにくい
- 手足がしびれる
- 足が冷たい
- 立ち眩み
- 足がむくむ
- こむら返り
- 運動時の腹痛
- 物忘れが激しい
- 長時間歩くと足が痛くなる
糖尿病の検査
糖尿病の診断には、①糖尿病の診断や治療経過を評価するための検査と②合併症の早期診断や経過観察のための検査が行われます。
糖尿病の診断や治療経過を評価するための検査
血糖値の検査
血液中のブドウ糖(血糖)の量を調べます。
空腹時血糖値:空腹時(朝食前)に測定した血糖値でインスリンの働きや治療の目安となります。(正常値:110 mg/dl未満)
随時血糖:食事時間とは無関係に測定した血糖値。食事により上昇する血糖値を把握する目安となります。(正常値:140 mg/dl未満)
75gブドウ糖負荷試験(75gOGTT):空腹時に75gのブドウ糖を飲み、30分後、1時間後、2時間後に採血を実施して、血糖値を測定します。
HbA1c(ヘモグロビンA1c)
1~2ヵ月の血糖値の変動を反映した値で、治療の目標値として使用されます。イメージとしては120日程度の平均寿命である赤血球がどれくらい血糖の高い状態にさらされたかを評価しています。
- HbA1c≧6.5%
- 空腹時血糖値≧126 mg/d
- 随時血糖値≧200 mg/dL
- 75gOGTT 2時間値≧200 mg/dL
上記のいずれかが基準値を超えている場合を「糖尿病型」といい、空腹時血糖値、随時血糖値、75gOGTT値のいずれかとHbA1c値の両方が糖尿病型である場合、もしくは口渇(口の渇き)、多飲、多尿、体重減少などの典型的な糖尿病の症状が出たり、糖尿病網膜症がある場合は、1回の検査で「糖尿病」と診断されます。血糖値のみ、またはHbA1cのみ糖尿病型の場合には再検査(なるべく1ヶ月以内)が必要です。再検査で「糖尿病型」が再確認出来れば「糖尿病」と診断出来ます。但し必ず血糖値の基準を満たしていることが必要です。
合併症の早期診断や経過観察のための検査
合併症の早期診断や経過観察のための検査として以下の検査を行ないます。
尿検査
糖尿病性腎症の早期発見のため尿蛋白や尿中マイクロアルブミンを評価することで腎症を早期発見、経過を見ることができます。
心電図検査
糖尿病の患者様は狭心症の症状が出にくいことが知られており、気がつかないうちに心臓の血管が狭窄していることがあります。定期的に心電図を記録することで狭心症の可能性を評価していき、必要に応じて運動負荷を行ないながら心電図を記録することで心筋虚血を評価します。
心エコー検査
超音波を用いて心臓の大きさや肥大、収縮力を評価します。心不全の早期発見や経過観察に有用です。糖尿病の患者様では気がつかないうちに心筋梗塞を起こし、心機能が低下していることがあります。
頸動脈エコー
頸動脈エコーは容易に動脈硬化を非侵襲的に繰り返し評価することが出来る検査です。頸動脈に動脈硬化が認められる場合には、全身の血管に動脈硬化が及んでいる可能性があり、更なる評価と治療強化の必要性を検討します。
ABI
上腕と足首の血圧を同時に測定することで動脈硬化や下肢の動脈が狭窄・閉塞する「閉塞性動脈硬化症」のスクリーニング検査として有用です。下肢の動脈が狭窄・閉塞している場合には足首の血圧が上腕の血圧より低くなります。
糖尿病の治療
糖尿病の治療の目的はたとえ糖尿病を発症しても血糖値の管理、合併症の早期発見や適切な治療を行なうことで「健康な人と変わらない人生」を送ることです。患者さんの年齢や併存疾患、活動性、生活環境を把握し、各個人に合わせた治療を行なうことが求められています。
糖尿病の治療の一つの指標としてHbA1cによる血糖コントロール目標が設定されています。合併症予防のための目標(HbA1c:7.0%未満)は熊本県で行なわれた研究結果から、HbA1cが7.0%を超えると糖尿病による合併症が増えることが明らかになり、合併症予防のためにはHbA1c: 7.0%未満がのぞましいとする「熊本宣言2013」が採用されています。
- 目標
- 血糖正常化を目指す際の目標
- 合併症予防のための目標
- 治療強化が困難な際の目標
- HbAlc(%)
- 6.0未満
- 7.0未満
- 8.0未満
しかし高齢者では厳格な血糖コントロールにより、低血糖を起こしたり、認知症による内服管理困難、ADL低下などの問題があり、個々の症例において血糖コントロールの目標値を設定することも提唱されており、単純にHbA1cを「年齢÷10」以下(80歳であれば80÷10=8%程度の管理でもOK)にコントロールすることも提案されています。
薬物療法
薬物療法としては1)インスリン治療、2)内服治療があります。1型糖尿病やステロイド治療に伴う糖尿病に対してはインスリン治療が必要です。治療薬は多種多様で、以下の様な特徴や留意点があります。
インスリン分泌非促進系
- 種類
- 主な作用
- 特徴
- 留意点
- ビグアナイド薬
- 肝臓からの糖の放出を押さえたり、インスリンの効きをよくする
- 安価で体重が増加しにくい
- 腎不全、高齢者には慎重投与。造影剤使用前後の中止が必要。
- チアゾリジン薬
- インスリンの効きをよくする
- 動脈硬化の進展を抑制する可能性がある
- むくみが起こりやすく、心不全には投与不可
- αグルコシダーゼ阻害薬
- 小腸での糖の吸収を遅らせる
- 食後高血糖を是正する
- 食直前の内服が必要。おならが増える。
- SGLT2阻害薬
- 腎臓でのブドウ糖再吸収を抑制し、尿中に糖を排泄させる
- 心不全や慢性腎臓病治療薬としても用いられる
- 尿路感染症のリスクがある
インスリン分泌促進薬(血糖依存性)
- 種類
- 主な作用
- 特徴
- 留意点
- DPP-4阻害薬
- 血糖値が上がったときにインスリンの分泌促進、グルカゴン分泌抑制
- 低血糖などの副作用が少ない
週1回投与の剤形もある - インスリン抵抗性のある患者に対する有効性が低い
- GLP-1受容体作動薬
- GLP-1作用増強によりインスリンを分泌促進とグルカゴン分泌抑制
- 脳・心血管イベント抑制、体重減少が得られる
- 脳・心血管イベント抑制
体重減少が得られる - GIP/GLP-1受容体作動薬
- GLP-1に加えてGIP受容体に作用しインスリンを分泌促進とグルカゴン分泌抑制
- 強力な血糖降下作用と体重減少作用を有する
- 週一回の注射剤
インスリン分泌促進薬(非血糖依存性)
- 種類
- 主な作用
- 特徴
- 留意点
- スルホニル尿素(SU)薬
- 膵臓のβ細胞に作用し、インスリン分泌を促す
- 安価で、血糖降下作用も強い
- 低血糖のリスクがある
- 速効型インスリン分泌促進薬(グリニド薬)
- 食事の前に内服することで食後のインスリン分泌を促進する
- 作用時間が短く食後高血糖の改善に寄与する
- 食事の度に内服する必要がある
インスリン製剤
- 種類
- 主な作用
- 特徴
- 留意点
-
① 基礎インスリン
② 追加インスリン
③ 超速効型、速効型と中間型の混合製剤
④ 超速効型と持効型の配合製剤 - 超速効型、速効型は食後高血糖を改善し、時効型や中間型は空腹時血糖を改善する
- 超速効型は食直前に、速効型は食前30分前に投与
- 低血糖のリスクや体重増加、注射部部位の発赤が見られる
心血管病の予防を見据えた糖尿病治療
糖尿病性腎症や網膜症などの細かい血管障害による合併症においてはHbA1cの低下により発症が抑制される一方で、心筋梗塞などの大血管障害の発症との関連や心不全の抑制については現在も研究が行なわれています。海外ではSGLT2阻害薬やGLP-1受容体作動薬が注目されており、特にSGLT2阻害薬は心不全患者や心血管疾患を有する糖尿病患者における血糖降下薬として強く推奨されています。GLP-1受容体作動薬は肥満を抑制することから心不全の症状改善や脳・心血管疾患の発症リスク抑制が期待されていますが、高度な肥満が少ない日本人に当てはまるかは今後の検討課題です。
当院における糖尿病診療の特徴
血糖値の管理のみならず動脈硬化のリスク管理、心臓病の発症予防および再発予防など循環器専門医の立場からトータルマネージメントを行ないます。糖尿病と心血管疾患の発症予防および管理は新薬の登場により注目されている領域です。常に患者様に最新の情報を的確にお伝えできるよう心がけていきます。