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心筋症の概念と治療法の変遷
- 2024.04.1 |
心筋症については「疾患について」で拡張型心筋症や肥大型心筋症、心アミロイドーシスについて言及しています。
こちらは医療従事者向けの心筋症の概念および治療に関する記事になります。日常診療の参考にして頂ければと思います。
- 心筋症とは
心筋症は「心機能障害を伴う心筋疾患」と定義されており、1995年のWHO/ISFC合同委員会による心筋症の定義と病型分類によると1. 拡張型心筋症(dilated cardiomyopathy; DCM), 2. 肥大型心筋症(hypertrophic cardiomyopathy; HCM), 3. 拘束型心筋症 (restrictive cardiomyopathy; RCM), 4. 不整脈原性右室心筋症 (arrhythmogenic right ventricular cardiomyopathy; ARVC), 5. 分類不能の心筋症 (unclassified cardiomyopathy)に大別される1)。また原因または全身疾患との関連が明らかな心筋症の総称として特定心筋症(specific cardiomyopathy)、いわゆる二次性心筋症として区別される。2005年に本邦で「心筋症:診断の手引きとその解説」が作成され、特発性心筋症は「高血圧や冠動脈疾患などの明らかな原因を有さず、心筋に病変の首座がある一連の疾患」と定義されている2)。
現在、本邦では2019年に日本循環器学会/日本心不全学会合同ガイドラインとして「心筋症診療ガイドライン(2018年改訂版)」が公表され、心筋症を「心機能障害を伴う心筋疾患」と定義し、いわゆる「原発性」(以前からの「特発性」)心筋症を,肥大型心筋症,拡張型心筋症,不整脈原性右室心筋症,拘束型心筋症の4つに分類した3)。「形態・機能的変化」として心肥大・心拡大・収縮能/拡張能低下を画像診断で評価し、「家族歴・遺伝子変異」について十分な検索と評価を行う。その後「鑑別するべき疾患」として二次性心筋症の評価をしっかりと行い、最終的には原発性心筋症と診断する、という診断の流れになる。原発性心筋症の4つの基本病態の一部は重複を示していることが特徴であり、例えば同じ遺伝子異常を有していても表現型が肥大型心筋症の場合や、拡張型心筋症のことがある。また、Arrhythmogenic cardiomyopathy(ACM)として心臓の形態・機能的には拡張型心筋症と考えられる症例の中で、不整脈原性右室心筋症で多く見られるデスモゾーム関連遺伝子変異などの遺伝子変異を有しており、不整脈のリスクが高いと考えられる症例も存在する。
- 心筋症診断のプロセスと診断の重要性
心筋症の診断プロセスは患者の予後評価や治療方針について非常に重要であり、診断の遅れや誤った診断は適切な治療を受ける機会を逸してしまう。特に近年心アミロイドーシスやファブリー病に対しては後述する疾患特異的な治療が使用可能となっており、早期診断・早期治療の重要性がクローズアップされている。
心筋症診断の手順を図2に示す。まずは病歴として家族歴を正確に聴取する必要があり、突然死や心筋症の診断のみならず、発症年齢や診断に直接結びつくような特徴的な家族歴(たとえば若年発症の糖尿病が多い→ミトコンドリア病の可能性)についても注意を払う必要がある。家族歴を有する場合には家系図を書くことが望ましい。心筋症は遺伝要因と環境要因の組み合わせにより発症すると考えられている。拡張型心筋症の30%程度、肥大型心筋症の50%程度に家族歴があるとされている。拡張型心筋症の12~25%を占めるタイチン(TTN)遺伝子を有する症例は初期治療に対する反応は良好で、Reverse remodelingという左室収縮が改善するなど比較的予後が良好とされている。一方で核膜内側構成タンパクであるラミンA/C遺伝子(LMNA)変異を有する症例では、伝導障害や重症心不全、致死的不整脈を有するなど予後が悪い症例と考えられている。肥大型心筋症はサルコメア蛋白遺伝子における遺伝子変異が原因であることが多く、その中で心筋ミオシン重鎖(MYH7)遺伝子とミオシン結合蛋白C(MYBPC3)遺伝子における変異が多い。サルコメア蛋白遺伝子変異を有する肥大型心筋症症例は遺伝子変異非保有例と比較して、心血管イベントの発生率が有意に高く、予後不良であると報告されている3)。
また疾患特異的な情報や心外病変については熟知しておく必要があり、この点に注目した問診や診察が必要である(たとえば手根管症候群や四肢末端の疼痛はそれぞれアミロイドーシスとFabry病を疑うきっかけになる)。その後心電図や心エコー、採血などの一般的な検査を行う。心電図と心エコーの所見から特定の心筋症の診断に至ることは困難であるが、左室肥大があるにもかかわらず心電図で低電位である場合やApical sparingという心基部の長軸方向ストレインが低下し、相対的に心尖部では保たれている所見を認める場合には心アミロイドーシスを疑う。特異性の高い臨床検査としてFabry病におけるαガラクトシダーゼ活性やALアミロイドーシスのFree light chainなどがあげられる。
その後CT/MRI/RIによる画像診断によりさらに心筋症の診断や進行度、リスク評価を行う。それぞれの心筋症における各画像診断の特徴や病態評価の可能性については各項を参考にしていただきたい。とくに造影MRIについては心筋症診断に欠かせない検査であり心機能や形態のみならず、造影遅延像(Late gadolinium enhancement: LGE)、心筋障害の指標であるNative T1、浮腫の指標であるNative T2、心筋細胞外容積分画extracellar volume fraction (ECV)の評価が可能でこれらの所見から心筋症の診断、病態、リスク、治療効果判定について多くの研究が報告、実施されている。画像診断を依頼する場合には循環器内科医はどのような疾患を疑って、どのような所見に注目しているかをきちんと検査オーダーに記入し、その依頼に基づいて放射線科医は読影を行うこと、最終診断や患者の経過については循環器内科が読影してくれた放射線科医にフィードバックすることで、その施設における心筋症の診療・画像診断のレベルは格段に向上するので是非実戦して頂きたい。
最後に冠動脈造影検査や心筋生検による評価を行う。冠動脈造影については検査前確率の低い症例では冠動脈CTでも代用可能である。特発性心筋症において心筋生検による特異的な所見は見られないため、確定的な診断は得られず、二次性心筋症の否定や心筋繊維化、炎症細胞浸潤、心筋肥大などについて評価を行う。二次性心筋症においては心筋生検による病理学的診断や遺伝子診断による確定的な診断が得られる。二次性心筋症の特徴や疑うポイント、検査所見と治療について表2にまとめているので参考にされたい。原発性心筋症の診断には二次性心筋症の否定が必要であり、肥大型心筋症に類似する二次性心筋症、拡張型心筋症を鑑別すべき二次性心筋症を熟知しておく必要がある。
- 心筋症に対する治療法の変遷
心筋症における治療の基本は「心不全治療」と「疾患特異的な治療」の2本立てになる。「心不全治療」として利尿剤によるうっ血の管理や、拡張型心筋症のように左室駆出率が低下している心不全症例(heart failure with reduced ejection fraction: HFrEF)には「β遮断薬」「ACE阻害薬/ARB(angiotensin II receptor blocker)またはARNI: angiotensin receptor neprilysin inhibitor」「ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA: mineralocorticoid receptor antagonist)」「SGLT2阻害薬」の4剤を中心とした治療をおこなう。特にARNIは2014年に発表された心不全の標準治療薬であるACE阻害薬のエナラプリルと比較対象としたPARADIGM-HF試験で、およびSGLT2阻害薬は糖尿病の有無に関係なくダバグリフロジン(DAPA-HF試験)およびエンパグリフロジン(EMPEROR-Reduced試験)がそれぞれHFrEFに対して有用であることが示されて、HFrEFに対する薬物治療が大きく変わってきている5)。また、エンパグリフロジンが左室収縮力の保持された心不全(heart failure with preserved ejection fraction: HFpEF)に対する有効性も示されている6)。また重症心不全(Stage D)に至ってしまった場合には心臓移植が最終的な心不全治療であるが、待機期間が長く、ほとんどの症例は植込み型左室補助人工心臓を装着しながら待機している。従来は心臓移植の橋渡し(Bridge to transplant)としてのみ植込み型左室補助人工心臓が保険償還されており、年齢や悪性疾患既往など心臓移植の除外条項に抵触する症例では植込み型左室補助人工心臓の使用は困難であった。2021年より心臓移植までの橋渡しではなく、植込み型左室補助人工心臓による心不全治療を最終的な治療を目的とするDestination therapyが本邦でも保険償還された。併存する不整脈に対する管理、治療、突然死に対する植込み型除細動器の適応についても個々の症例において考慮する必要がある。特に突然死に対して予防的(一次予防)に植込み型除細動器を検討する場合の画像診断が果たす役割は大きい。
一方で疾患特異的な治療として閉塞性肥大型心筋症に対するジソピラミドやシベンゾリンといった抗不整脈薬の投与、心筋切除術や経皮的中隔心筋焼灼術(PTSMA : Percutaneous transluminal septal myocardial ablation)が実施される。近年ミオシンとアクチンの結合を抑えることで収縮力を下げる心臓ミオシン阻害剤であるmavacamtenが新規治療薬として注目されている7)。
二次性心筋症の領域においては多くの新薬が登場し、予後改善や治療方針に大きな影響を与えている(表3)。ALアミロイドーシスに対する異常形質細胞を標的としたダラツムマブ(ヒト型抗CD38モノクローナル抗体)を含む化学治療は従来治療と比較して高い血液学的奏功が得られ、速やかにFree light chainが正常化することが示された8)。トランスサイレチン型心アミロイドーシスは4量体のトランスサイレチンが不安定化し、単量体になると重合し難溶性のアミロイド繊維になることが病態進行のプロセスである。タファミジスはトランスサイレチン 4量体を安定化させる薬剤であり、トランスサイレチンの解離および変成を抑制し、新たなトランスサイレチンアミロイド形成を抑制する。タファミジスはプラセボと比較して有意に生命予後を延長させ、QOL低下や運動耐容能低下を抑制した9)。またトランスサイレチンメッセンジャーRNAを標的して、肝臓からのトランスサイレチンの産生を抑制するsiRNA(small interfering RNA)治療薬であるパチシラン(静注薬)、ブトリシラン(皮下注製剤)が遺伝性アミロイドポリニューロパチーに対して適応を有している10),11)。今後アミロイドを標的とした抗体療法やCRISPER-Cas 9用いたトランスサイレチン遺伝子編集も注目を集めている12)。
心サルコイドーシスに対しては画像診断で活動性を有する症例には炎症の抑制を目的に免疫抑制剤を使用する。主にプレドニゾロンが用いられることが多いが、炎症の改善が得られない効果不十分な場合やプレドニゾロンによる副作用により使用できない場合にはメトトレキサートやアザチオプリンが用いられる。治療効果については経時的にPET-CTを行いながら総合的に判断する。心機能が低下して治療開始するよりも心機能が保持された状態で開始されたほうが予後良好であり、こちらも早期診断が重要である13)。
心ファブリー病に対しては酵素補充療法が行われ、左室筋重量の減少または安定、局所左心機能の改善、心筋内のグロボトリアオシルセラミド(Gb3)蓄積の減少、運動耐容能の改善が認められる。心病変に限った治療開始基準として左室肥大、不整脈、心筋の繊維化(心臓造影MRIで評価)を発症している場合とされている。また、一部の遺伝子変異例においては変異酵素蛋白の細胞内での安定性を高めることで、自前の変異蛋白の酵素活性を高める治療法である薬理学的シャペロン療法(ミガーラスタット)が承認されている14)。
- 最後に
心筋症における画像診断の役割は重要性を増してきており、診断や病態把握・予後予測のみならず、将来的には画像所見から遺伝子変異を予測したり、最適な治療を予測するなどの個別化医療につながることが期待される。
2次性心筋症に共通する点は、疾患特異的治療を行っても完治が得られないことから、早期診断・早期治療が重要であり、臨床経過や画像診断を元に適切な診断に至ることが重要で、病態の進行や治療効果判定における画像診断が果たす役割については臨床的にも注目度が高い。
1)Richardson P, McKenna W, Bristow M, et al. Report of the 1995 World Health Organization/International Society and Federation of Cardiology Task Force on the Definition and Classification of cardiomyopathies. Circulation. 93:841-842,1996.
2)厚生労働省難治性疾患克服研究事業特発性心筋症調査研究班:北畠顕,友池仁暢編.心筋症:診断の手引きとその解説.かりん舎2005.
3)日本循環器学会/ 日本心不全学会合同ガイドライン 心筋症診療ガイドライン(2018年改訂版)
4)Corrado D, Perazzolo Marra M. et al. Diagnosis of arrhythmogenic cardiomyopathy: The Padua criteria. Int J Cardiol.319:106-114,2020.
5)日本循環器学会/ 日本心不全学会合同ガイドライン2021年 JCS/JHFS ガイドライン フォーカスアップデート版 急性・慢性心不全診療
6)Anker SD, Butler J, Filippatos G, Empagliflozin in Heart Failure with a Preserved Ejection Fraction. N Engl J Med. 2021;385:1451-1461.
7)Olivotto I, Oreziak A, Barriales-Villa R, et al. Mavacamten for treatment of symptomatic obstructive hypertrophic cardiomyopathy (EXPLORER-HCM): a randomised, double-blind, placebo-controlled, phase 3 trial. Lancet.;396:759-769, 2020.
8)Kastritis E, Palladini G, Minnema MC, Daratumumab-Based Treatment for Immunoglobulin Light-Chain Amyloidosis. N Engl J Med.385:46-58,2021.
9)Maurer MS, Schwartz JH, Gundapaneni B et al. Tafamidis treatment for patients with transthyretin amyloid cardiomyopathy. N Engl J Med; 379:1007–16,2018.
10)Adams D, Gonzalez-Duarte A, O’Riordan WD, et al: Patisiran, an RNAi therapeutic, for hereditary transthyretin amyloidosis. N Engl J Med; 379: 11-21.2018.
11)Adams D, Tournev IL, Taylor MS, et al. Efficacy and safety of vutrisiran for patients with hereditary transthyretin-mediated amyloidosis with polyneuropathy: a randomized clinical trial. Amyloid. 23:1-9, 2022.
12)Gillmore JD, Gane E, Taubel J, et al. CRISPR-Cas9 In Vivo Gene Editing for Transthyretin Amyloidosis. N Engl J Med.2021;385:493-502.
13)Yazaki Y, Isobe M, Hiroe M, et al. Central Japan Heart Study Group. Prognostic determinants of long-term survival in Japanese patients with cardiac sarcoidosis treated with prednisone. Am J Cardiol; 88: 1006–1010,2001.
14)日本先天代謝異常学会 ファブリー病診療ガイドライン 2020
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